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Selfishly

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久遠の輪舞(後編)act3



~~~~~『 久遠の輪舞・後編 』act3~~~~~




「そろそろ、一時休戦になりそうですな」
 車の外に降り出す雪を眺めながら、副官が告げてくる。
「そうだな…」
 オリヴィエは、頬杖を付きながら、減速始める車内から外を見ていた。
 今はまだ、ちらほらと舞う程度で積りはしないが、もう数週間もしないうちに、
 本格的に降り出し、積もり始めるだろう。
 そうなると、長い冬が始まり、外から攻め込まれない代わりに、
 自ら出て行く事も出来なくなる。 
 暫しの安息と引き換えに、長い陰鬱な時期が続くのだ。
 それでもオリヴィエには、守りたい大切な土地だった。


 門まで付いてくる副官と別れ、電気の点いてない邸に入る。
 中将にまで上がっている彼女が、雇い人一人として家に置かないことを、
 周囲は良い顔をしないが、面倒者を抱え込むのは真っ平だった。
 中央の実家で暮らしている時は、周囲には常に雇い人達がいて、
 何かと小煩く干渉され続けていた反動だろうか。
 独り身の自分の事など、自分で処せて当たり前だ。 男も女も無い。
 生活するに必要な事程度、出来なくてどうするのか。
 ガチャリと扉の鍵を開けると、しんと静まり返った家に入る。
 そして、無いはずの人の気配を感じて、電気を点ける前に帯刀している剣を抜く。
「何者だ!」
 鋭い誰何の声と同時に、玄関の電気が点けられる。
「すみません! 怪しい人間のようですが、別に僕達怪しい者では有りませんから!」
 点けられた明かりの下で、恐縮しきって頭を下げている少年と、オリヴィエの迫力にも引かずに、
 自分に挑むような視線を向けてくる小柄な少年が立っていた。
「自分から怪しいと言い触らすような者がいるか!
 招待も無く勝手に入り込んでる分際で、十分に怪しいだろうが!」
 剣先を向けたまま、侵入者を恫喝するが、相手に殺気が無い事は修羅場を
 積んできた彼女には察せられる。
「勝手に入った事は、本当に悪いと思っています。
 そのぉ、女性の方の家ですから、僕達も随分悩んですけど…」
 恥かしげに告げられる言葉の示す処に、思わず気が抜けそうになる。
 どうも、妙にズレた感覚の持ち主らしい。
 そして、それまで黙っていた方の少年が、深々と頭を下げてから、話し出す。
「非礼な振る舞いな事は、重々判ってます。 本当に申し訳ありません! 
 が、それでも貴方に直接会って、話をしたかった事があり、無茶を承知で待ってました」
 真っ直ぐに自分を見つめてくる4つの瞳に、思わず魅入ってしまう。
「…話したい事があると言うなら、まずは自分の氏素性くらい明かすべきだろうが」
 そう告げるオリヴィエの態度が軟化し始めたのを察して、緊張した面持ちで待っていた二人組みが、
 ほっと安堵の様子を見せる。
 小柄な方がゆっくりと着ている外套をまさぐり、引っ張り出してきた物を見て、
 瞬間、血相が変わる。
「お前、それは…」
 見間違える筈も無い。 実弟も同様の物を持って、何度と無く見て来た物だ。
「俺は国家錬金術師の、エドワード・エルリックです。 銘は『鋼』」
「僕は、弟のアルフォンス・エルリックと言います」
 沈黙がその場に落ちる。
「…エルリック兄弟か。 成る程な、マスタングの使いと言うわけだ」
 嘲笑を浮べるオリヴィエに、エドワードと名乗る方の少年が、言葉を返す。
「確かにあいつの、マスタング准将の意志も伝えに来たが、別にあいつの意思だけじゃない。 
 ここにこうしているのは、俺らの自分の意志でもある」

 
 ***

 ーーー 妙に印象深い兄弟だ。ーーー
 二人を見た時にオリヴィエが思った事だった。
 マスタングが可愛がっている、子飼いの錬金術師が居るとは聞いていたが、これがそうだとは…。

「で、危険を侵してまで伝えようとした事は何だ?
 闖入者に出すような茶はないぞ」
 リビングに場所を移し、向かい合って腰を落ち着けると、不躾いな位、目の前の兄弟を観察する。
 ナリは大きいが、弟だと名乗った方は、優しい風貌に理知的な光を瞳に宿している。
 対して、ナリの割には態度が大きい兄の方は、利かん気が強いのを表すように、怜悧な風貌だ。
 が、オリヴィエの興味を引いたのは、そんな小奇麗な容姿ではなく、二人が醸し出す雰囲気だろう。
 自らの無力を知り、それでも立ち向かおうとする強い意志。
 二人の兄弟からは、年嵩のいったオリヴィエなどには、少々気恥ずかしい程の気概を感じる。
 
「勿論です。 僕達も手ぶらで来て、失礼しているんですから、お気を使わないで下さい」
 恐縮しながら返された言葉に、思わず肩がずっこけそうになる。 さっきの言動といい、
 この弟は一筋縄ではいきそうにない。
「で、一体何だと言うんだ? まさかご機嫌伺いの為に、ここまで来たわけでもあるまい」
 挑発するように、鼻で哂ってそう言ってやれば、思わぬ返答が返って来る。
「いえ、おっしゃる通り、貴方のご機嫌伺いに来ました」
 至極真面目な表情で、そう返す兄の方を、オリヴィエはまじまじと見つめ返し、
「くだらん」と短く吐き出す。
 そんな彼女の態度にも、エドワードは真摯な態度を崩さない。
「持って回った言い方をするな。 とっとと用件を言ったらどうなんだ」
 中央などでは持て囃されている話方など、オリヴィエには煩わしいの一言だ。
 どれだけ美辞麗句を飾り立てようが、内容は決まっている。 なら、簡潔に告げる事が、最善だ。
 オリヴィエの乱暴に思える言動に、兄弟が揃って、呆気に取られたように顔を見合わせている。
 そして、意を決したようにオリヴィエに向き直り、話し始める。
「俺は言葉の使い方が悪い。 もしそれで気に触るような事があっても、今は大目に見て貰いたい。
 
 次期総統の席に、1番近いと言われているあんたに、頼みたい事がある」
「頼みごとだと?」
 オリヴィエの眉が僅かに吊り上がり、眼光が険しくなる。
「ああ、頼みごとだ」
 繰り返し告げられた言葉を聞いた後、オリヴィエは侮蔑を含ませ、嘲笑を浴びせかけてやる。
「馬鹿らしい。 何故私が、お前らの頼みを聞いてやらなくてはならない。
 義理もない上に、初見の者などの。
 馬鹿も休み休みに言え」
 取り付く隙も無い物言いにも、兄弟二人は動じる様子も見せてこない。
「それでも利いて貰わないと困るんだ。 無茶なお願いだとしても」
 1点の曇りも無い4つの瞳が、オリヴィエに注がれてくる。
 そんな瞳を向けてまで、願いたい事とは何なのだろう…。

「… 一体、何を願いたいと言うんだ…」
 憮然とした表情で、そう問いかけてやれば、緊張した面持ちで、兄の方が告げてくる。
「あんたに推挙して欲しい人物がいる。 そして、出来ることなら今後の援護も。

 ロイ・マスタングを総統の椅子に就ける事に」

 しんと部屋が静まりかえっている。
 音はパチパチと爆ぜる、暖炉の薪の音だけだ。

 オリヴィエは黙り込んだままだ。 いや、言葉を発する事さえ忘れて、
 驚いていると言うのが、本当のところだ。
 この兄弟、いや、この子供は何を言って、何を願ていると?
 確かに自分は、総統の椅子などと言う面倒くさい物を欲しいとは、これっぽちも思っていない。
 実家の家名に縛られる未来も、生活も。
 中央での化かし合いをする毎日も。
 飽き飽きして、うんざりし尽くしてきた。
 だからこそ、北方の領地へと赴任が決まったを幸いに、飛び出してきたのだ。
 過酷な環境下の北方の掟は、単純且つ明確だ。
 弱い者は従い、強い者が従える。
 そこにはドロドロとした駆け引きも、足の引っ張りあいもない。
 猛威を振るう自然の前では、か弱い人間一人など、雪を除ける衝立にもなりはしない。
 皆の力を結集して、どうにかこうにか生き残る算段を立てる。
 その為には、統率力に優れた人間が、有無を言わさずに引き連れる力が必要だ。
 そんな掟は、オリヴィエには納得がしやすく、そして強く共鳴し、惹かれるものがあるのだ。
 だからこそ、ここで骨を埋める気持ちで、今までやってきた。
 今更、中央の権力闘争や、小賢しい足の引っ張りあいだのをする気にはならない。

 が、それと、他の者を推挙するのとでは、話が違ってくる。

「くだらん頼みごとだったな。
 折角、時間を割いてやったと言うのに、興醒めだ。
 
 とっとと失せろ!」
 立ち上がり、話す時間は終わりだと態度で告げるが、兄弟は落ち着きを払って、
 座ったまま見上げてくる。
「何をしている! 失せろと言ったのが、聞こえてないのか」
 恫喝を込めて告げた言葉にも、二人は動じない。
 まぁ、これしきでおたおたするようでは、あんな大それた頼みを口にする筈もないだろう。
「あんたはこの頼みごとを利いてくれる。 いや、利かないと駄目なんだ」
 余りの物の言い様に、あんぐりと開いた口が塞がらない。
 オリヴィエは込み上げてくる笑いを、押し殺す事も出来ないまま、大きな哄笑を響かせる。
「何を世迷言をほざく。 どこをどう考えれば、そんな馬鹿げた発想になるんだ。
 錬金術師は科学者だと聞いていたが、唯の法螺吹きと言うわけか?」
 エドワードは静かに首を横に振ると、淡々と語りだす。
「この国はこのまま進めば、動乱の時代がやってくる。 何故なら、それを治める者も、
 防げる手立てもないからだ。
 そうなれば、今は静観を決め込んでいる諸各国も、黙っている筈が無い。
 そうなれば、如何にあんたが猛将だとて、一介の地方の土地で、
 素知らぬ振りを続けることは不可能だ。
 必ずあんたは、引っ張り戻されるに決まってる。

 それがあんたの望か? そうであれば、俺らも不承不承だが引くしかないだろう。
 が、違うなら、国を立て直す為の、贄が必要になってくる。
 だから俺らが、妥当な人間を提供しようと提案してるんだ」

「…」
 この言葉には、さしものオリヴィエも黙り込んでしまう。
 確かに、今でさえ中央への復帰を打診する声が頻繁に舞い込んでは、
 うんざりさせられているのだ。 今以上情勢が悪くなれば、
 その内に強制送還させられる事も考えに難くない。
 オリヴィエは、目の前で身じろぎもせず、自分の言動に注意を向けている二人を、
 眇めた瞳で検分する。
 頼みごとは、壮大で尊大な内容だが、目の付け所は悪くない。
 若輩にしては、頭が働くのだろう。
「… それは、マスタングの意向か」
 オリヴィエの問いかけに、兄弟は揃って首を横に振る。
「まさか! こんな無茶な話をしに行くなんて話せば、止められるのは決まってるからな。
 俺らは原則、自分達の判断で動いてる。 時に判断に迷う時なんかは、
 あいつにも相談はするけど、どうするかは俺達の考えだ」
 その答えには、オリヴィエも驚嘆させられる。 
 これだけ途方も無い考えを、この子供の域を出ない兄弟が考えたとは。
 そして、実行に移すとは…。
「では何故、白羽の矢が私に立ったんだ? こんな僻地に居る将軍より、
 もっと中央あたりで幅を利かせている輩も居るだろうが」
「あっ、それは下馬評を元にした結果なんです」
 これは、それまで静観していた弟から返事が返ってきた。
「下馬評~!?」
「はい、僕らの仲間内で、お国柄、後継者を巡って争いが絶えないって人がいて、
 色々と参考に話を聞かせてもらった結果です。
 勿論、オリヴィエさんだけ訪問する予定じゃありません。
 候補の人、と言ってもさすがに総統の位になると、そんなに多くはありませんが、
 その中で賛同して、協力して貰えれそうな方は、順番に回るつもりです」
「そう言うわけ。 で、とにかく1番候補のあんたに話を通して、
 後はそれを準じに伝えていけば、協力を仰ぐのも遣り易くなるんじゃないかと考えてる」
「…… 信じられない人間だな、お前達は」
 それがどれだけ危険を伴う事か、判らぬほど愚かな者達ではないだろう。
 なのに、危険を顧みず最短の中枢部に乗り込むとは…。
『賭けてみるべきか…、この小僧っ子に…』
 
 どちらにしても、このままでは自分の先行きは限られてくるだろう。
 軍に所属する立場では、拒否できる事にも限界がある。 そして、国が無くなれば、守る土地も失われる。

「贄を提供すると言ったな。 だがそれで、相手が納得するかな?」
 贄と言った位だ。 その道が、どれだけ険しく厳しいかは理解しているのだろう。
 それでも、差し出すと?
「ああ、大丈夫だ。 あいつは不精な癖に、面倒ごとが大好きな人間だからな。
 それに逃げようとしても、きっちりと押さえ込んでくれる仲間も周囲に居るし」
 虚仮落とす言葉と裏腹に、表情が誇らしげに輝いている。
 これ程の子供たちに信頼される人物なら、一見の価値はあるかも知れない。
「ふん…。  
 返答は、直に本人に逢ってから…だな」
 面白く無さそうに呟かれた言葉に、兄弟二人の表情がパッと明るくなる。
「「ありがとうございます!」」
 揃って上げられた感謝の言葉に、オリヴィエが肩を竦めて返す。
「その代わりに、今までのお前達の活動とやらを聞かせて貰おうか?
 これが、お前達錬金術師の言うところの、等価交換なのだろ」
 その言葉に、兄弟が神妙に頷き返す。
 オリヴィエに危ない橋を渡って貰うのだ。 自分達だけが、安全な場所に居るわけには行かない。
 保険として、オリヴィエがエドワード達の活動を知りたいと思うのは当然だ。
「そうと決まれば、まずは杯を交わすのが北方の流儀だ」
 そう告げて、ずらりと酒瓶を並べるのに、エドワード達が目を白黒させながら驚いていた。

 光栄な事に、オリヴィエが食事を作って提供してくれた。
「子供の食事抜きは、成長に著しく悪い」との事だ。
 豪快で温かな手料理の数々は、彼女の人柄を語っている。
 腹に美味しい料理を詰め込み、高価な上、度数の高い酒を勧められて行く内に、
 アルコールに免疫の薄いアルフォンスから酔いつぶれてしまった。
 オリヴィエの用意してくれた毛布をかけて寝かせている弟の横で、
 二人は延々と夜が明けるまで話を続けていく。



 
 
 そろそろ邸を辞去しなくてはいけない時刻だ。
 ロイとの会見が終わるまで、ここにエドワード達が来た事は隠さなくてはいけないのだ。
 眠り込むアルフォンスを叩き起こし、自分も酔いが回っている中、
 エドワードは深々と頭を下げて礼を告げる。
「ありがとうございました。 貴方の温かな歓待は忘れません」
 その言葉に、酔いを微塵も感じさせないオリヴィエが、華やかで強かな笑みを浮かべて返してくる。
 その時になって始めて、エドワードはオリヴィエが、かなりの美人なのだと気がついた。

「じゃあ」と立ち去ろうとした瞬間、後ろから声がかけられる。

「エドワード・エルリック。 1つだけ聞いておきたい事がある」
 その問いかけに、不思議そうに振り向くと。
「お前はマスタングを総統にと望んだが、何故私では駄目だと思うんだ」
 その声には卑屈な陰はない。 純粋な疑問からなのだろう。
 
 エドワードが小さく頷くと、きっぱりと告げてくる。
「それは、あんたがMarsで、あいつがVenusだと思ったからだ」
「火星と金星…?」
 理解出来ないと語っている表情に、エドワードが小さく笑って説明する。
「ああ、あんたは良くも悪くも戦の女神だ。 勇猛で果敢。平穏よりも乱世でこそ、
 生き抜く強さを具えている。
 でもあいつは…。 臆病者なんだよ。
 自分が傷つくのも、人が傷つくのを見るのも嫌だって言う、平凡な人間だから」
 そう言って、エドワードは笑いながら手を振って去っていく。

 オリヴィエは、朝焼けの中、鮮やかに去っていく子供達を、じっと見続け、立ち尽くしていた。
 それは彼女の記憶に、鮮明に刻まれたひと時の出来事だった。


 

 
 
 




 ***
「将軍、総統が門に御着きになられました」
 
 連絡が届いてから、きっかり1週間後の指定の期日どうり、
マスタング総統が北方司令部へと赴いてきた。

「判った。直ぐに向かう」
 オリヴィエは就任式に軽く挨拶をした以降は、連絡は取り合って入るが、
 直接会って言葉を交わすのはあの会見以来になる。
「さて、あのいけ好かない顔付きが、どれ位磨かれているかな」
 人の悪い笑みを浮かべながら、足を進めて行く。
 玄関ホールでは、既にずらりと迎えの左官達が勢ぞろいしていた。
 その先頭に立ちながら、ゆっくりと近づいてくる公用車を待つ。
 雪の為、スピードを抑えた車は、正確に玄関前に車を着けると、
 両側の衛兵がすぐさま扉を開けようと近づいていく。
 扉を開け出迎えた兵士に、小さな礼を告げながら、見覚えのある男が出てくる。
 先に着いて待機していた彼の直属の部下が、それに続くように付き従っている。
 そして段々と近づいてくる相手の顔を見て、オリヴィエは
 思わず挨拶の為に開きかけた口を噤んでしまう。

「大総統閣下、遠路遥々のお越し、誠に光栄です」
 オリヴィエの副官のその挨拶を合図に、居並ぶ兵士達も一斉に敬礼を行う。
「久しぶりだね。 君も変わらず元気そうで何よりだ。
 オリヴィエ将軍には、変わらぬ活躍ぶりを耳にしていて、心強いの一言だ」
 表面上にこやかな挨拶をしてくる男に、オリヴィエは型通りの敬礼と挨拶を返して、
 指令室内を案内を兼ねて先導して歩いていく。

『誰だ、この男は…、薄気味の悪い』
 ロイ・マスタングと言う男は、こんな薄黒い陰を持った男だっただろうか。
 頭が切れ、機動力に優れているとは思っていたが、どこか人臭さが抜けきれない人物だった筈だ。
 それが今や、1分の隙も無い気配を漂わせ、まるで…そうまるで、
 人の気配に似せた違う生物のように見える。
 
 まずはお寛ぎをと、声をかけた自分の副官に、あっさりと無用だと答えると、
 早速本題に入りたいと告げてくる。
「押しかけておいて申し訳ないが、早速現在の戦況を教えて頂きたい。
 敵陣の配置や、当然味方の布陣。 後、出来れば戦場近隣の詳細な地図も」
 ロイの性急な要請に、副官のベアーがちらりとオリヴィエの方を窺ってくるが、
 必要な物を全てお出しするようにと指示し、急遽、緊急軍事会議が繰り広げられる。
 淀みなく話し出された作戦に、北方の指揮官達は反論を挟む間もない。
「し、しかし、現在我が軍が圧倒的に不利だと言うわけでも有りませんのに、
 何故こんな時期に後退をせねばならないので…」
 前線の責任者の指揮官の異論も当然だろう。 それではまるで、
 北方の部隊が惨敗しているようにも聞こえる。
 ロイは薄っすらと笑みを浮かべて、異論を唱えた指揮官に視線を止める。
「北方軍が善戦をしてくれている事に、疑念の余地は無い。
 が、これ以上長引けば、再戦は翌年に持ち越されるだろう?
 それでは遅すぎる。 この戦は、近日中に片付ける予定が入っている。 
 オリヴィエ将軍、申し訳ないが貴殿の部下を大切に思うのなら、
 私の指示を順守するように徹底して貰おう。
 もし守れぬ者がいて、巻き添えを喰ったとしても、
 それは私の負える処ではない事を肝に命じて貰いたい」
 ロイはそれだけ言い終わると、ホークアイに頷いてみせる。
「では、総統からの作戦会議はこれで終わらせて頂きます。
 何か不明瞭な点、疑問な箇所がございましたら、僭越ではありますが、
 私の方までご質問下さい。 では、皆さま退出を」
 有無を言わさない閉会に、皆が茫然としたまま部屋を追い出される。
 残ったのは、ロイとオリヴィエのみ。 態の良い人払いと言う訳だ。

 オリヴィエは面白く無さそうな表情で、自分に視線を向けている男の顔を眺めやる。
 そして、ふと浮かんだ事を口に出して聞いてみる。
「そう言えば、あの金髪の小僧っ子は元気か?」
 その途端、ピクリと動いた表情が、全てを語っているような気がした。
 作られた表情ではなく、素の彼の表情など、ここに着いて以来、一瞬足りとも表されてはいなかったのだから。
「彼は亡くなりましたよ、弟と共にね」
 淡々と告げられる言葉は、先ほどまで被っていた作られた面から吐き出される。
「… そうか、逃がしたか」
 成る程と頷きながら返された言葉に、ロイが片眉を上げて、嫌そうな表情を見せてくる。
 それが一矢報いた気にさせられて、オリヴィエが声無く破顔する。
「…… 全く、貴方には適いませんね。 
 彼は…彼らは遠くに行ってしまいました」
 それだけ告げると、ロイは静かに微笑みながら、オリヴィエを真っ直ぐに見つめてくる。
「で、私に何をしろと?」
 静かな笑みが、雄弁に語っている。 何があっても、己の意志を曲げるつもりは無いのだと。
 
「何も。
 貴方には何もして頂く必要は無い。
 唯、許して頂きたい。
 愚か者の逸る行動であって、決して貴方を軽んじる気からではない事を。
 そして、貴方が守る大切な土地を損ねる私を、クィーンの寛大な御心でお許し下さい」
 そう告げながら、ロイは立ち上がり深々と頭を垂れた。
 


 ***
 
 翌日は雪も降り止み快晴の日となった。
 ロイは予てからの計画通り、ホークアイとハボック。
 後は地理に通じている少数の北方の兵士を借り受けて、戦局が見渡せる小高い岡に立っていた。
 昨日の深夜から徐々に後退を始めた北方軍と、敵陣との間には鬱蒼と生い茂る樹林が隔てている。

 ロイはゆっくりと腕を捧げるように持ち上げると、小さな乾いた音を響かせる。
 パキンと1度目の音がなったかと思うと、戦場の中央で大きな火柱が上がる。
 そして、2度目の音で、その火は縦横無尽に横へと広がり、
長大な炎の壁が敵方の兵士の目前で象られていく。
 罵声に怒号。 悲鳴に悲嘆。 その声は、北方軍の下にも、
 離れ炎を操るロイ達の下にも届いてくる。 
 大地を嘗めるように広がる劫火に、敵は恐怖で阿鼻叫喚して逃げ惑い、
 味方は畏怖を抱きながら、茫然と立ち竦む。
 そして、3度目の音が鳴り響いた時、炎は意思持つ生物のように、1点を目掛けて降下していく。
 そして目指す場所を燃やし終わると、目的を果したとばかりに、突然消失した。

「閣下!」
 練成を終えると同時に、雪の中に膝を付いたロイに、部下達が慌てて駆け寄っていく。
「大・・丈夫だ。 久々に大きな練成をしたんで、体力切れだ。
 ハボック、悪いが担いで戻ってくれ」
「了解しました!」
 横に控えていたハボックが、他の者の手を借りて、ロイを背負うと、素早く元来た道を歩き始める。
 急ぎ戻る道すがら、案内に付いて来ていた北方の兵士が、
 感極まったように、ロイを誉めそやしてくる。
「閣下のお力、篤と拝見させて頂きました!
 凄い…、素晴らしいお力に、感服させられるばかりです」
 まだ若い兵士は、新兵なのだろう。 興奮に頬を紅潮させ、感激を語っている。
 ロイはそれに答えるでもなく、ハボックの背中でボソリと呟きを吐き出した。

「私は愚かな、唯の番人さ…」
――― エドワードが人生を賭けて守ってくれた、この国の。

 ロイの傍を歩いていたホークアイとハボックにだけ聞こえた呟きに、
 二人は声も無く歩いていく。
 ロイの言葉は、彼らの痛む想いと同じだったから…。




「恐ろしいものですな、錬金術の威力とは」
 つくづく感服したような副官の言葉に、オリヴィエは鼻を小さく鳴らすだけに止める。
「しかしこうなると、総統の計画をお引止めしないで正解でしたな。
 あれを目の当たりにすれば、勝負しようなどと言う気にはなりませんな」
 その言葉に、オリヴィエが小さく哂う。
「馬鹿らしい。 あんな魂まで売り渡したような男に、勝負を挑むほど、私は愚か者では無いわ」
 勝ち負けなどではないのだ。
 彼はそんな領域をとおに越えている。
 唯一自分の絶対神に忠誠を誓って黄泉を守る、主に忠実なガルム。
 それが今の、あの男が生きている姿だ。
 指示を伝えに副官が離れていく。
 オリヴィエは、まだ燻った煙を上げている木立に痛ましそうな視線を向ける。
「それ程、あの金の小僧っ子が大切か?」
 その呟きは、聞く者も、聞かせる者もここには居らず。雪の中に埋もれていった。

 

 この年の冬、北方軍の大勝利で戦局が終わり、敵方からは莫大な戦争賠償が支払われ上、
 和平の申し込みがもたらされた。
 同様に、交渉を渋っていた諸各国も、我先にと和平交渉に乗り出したのは言うまでも無い。
  
 無血合戦とはいかなかったが、ロイの炎によって、最小の死者・負傷者で、
 長く続いた抗争は終わりを告げた。






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